夕食の席で、つい言ってしまったことがあります。
仕事を終わらせて、慌てて買い物に行き、帰ってからマッハで夕食を作る。そんないつもの平日の夜でした。
家族でご飯を食べながら、口から出てしまった。
「早く仕事辞めたい」
深く考えて言ったわけじゃない。ただ、出てしまった。
そしたら家族に驚かれました。
「辞めたいと思ってたの?」
言った後、心が少し軽くなったのを覚えています。
言葉にできるようになるまで
それまで、「辞めたい」という言葉は自分の中にありませんでした。正確には、あったのかもしれないけれど、口に出せる言葉ではなかった。
自分が本当に辞めたいのかどうかすら、はっきりわかっていなかった。
でもある時期から、はっきりわかるようになりました。
これは辞めたいんだ、と。
そうなってから、「早く辞めたい」という言葉が自然に出てくるようになりました。ため込まずに言えるようになった、という感覚です。ちょっとした解放感もあったと思います。

聞いていた子どもの顔を、後から思った
でも、少し時間が経ってから、気になりはじめたことがありました。
あの言葉を、子どもたちも聞いていたということ。
「早く仕事辞めたい」
母親がそう言っている姿は、子どもの目にどう映っていたんだろう。
なんか、ちょっとカッコ悪いな、と思いました。失敗したかな、とも。
仕事って、そんなにつらいもの?働くって、そんな嫌々するもの?
子どもにそういう印象を与えたくなかった。
看護の仕事には、誇りを持っていました。やりがいも感じていた。患者さんと関わる時間が好きだったし、あの仕事を選んだことを後悔したことはなかった。
だからこそ、「早く辞めたい」という言葉が子どもの耳に届いたことが、余計に引っかかりました。
仕事そのものが嫌いなわけじゃない。でも、「早く辞めたい」と言った。その矛盾を、うまく説明できないまま、ただ少し後悔していました。
言えることと、見せていいことは別の話
私はよく子どもたちに言っていました。
「やりたいことを見つけなさい」「将来のこと、ちゃんと考えた方がいいよ」
それなのに自分は、辞めたいと思いながら仕事に行っている。
夢を持ちなさいと言っている人間が、自分の仕事に対して「早く終わりにしたい」と言っている。
言葉にするとかなりの矛盾です。子どもはそれを、ちゃんと見ています。
もし自分が子どもだったら
少し視点を変えて、考えてみました。
もし自分が子どもで、母親が毎日「早く仕事辞めたい」と言っていたとしたら。
正直、心配すると思います。あるいは、なんとなく家の空気が重くなる感じがするかもしれない。
子どもって、親の機嫌に敏感です。
帰ってきた時のため息、夕飯の時の無言、「疲れた」という一言。そういうものが積み重なって、家の雰囲気をつくっていく。
私が子どもだったら、お母さんに元気でいてほしいと思う。明るくいてほしいし、ご機嫌でいてほしい。嫌々仕事をしているよりも、楽しそうに毎日を過ごしていてほしい。それだけで、家にいることが安心できる気がする。
母親の機嫌は、家の土台になる
これは自分が母親になってから、じわじわと感じるようになったことです。
母親の機嫌は、家の雰囲気そのものです。
お母さんが笑っていれば、なんとなく家が明るい。お母さんが疲れてピリピリしていれば、子どもは空気を読んで静かになる。それが毎日のことなら、家の居心地そのものに影響します。
「機嫌よくいること」も、大事なことだと今は思っています。
ご飯を作ること、洗濯をすること、と同じくらい、いやそれ以上に、お母さんが元気でご機嫌でいることは、家の土台になる。
辞めたいと思ったことは、間違いじゃなかった
「早く仕事辞めたい」という言葉は、ちょっとカッコ悪かったかもしれません。
でも、そう言えるようになったこと自体は、悪くなかったと今は思います。
言葉にできないうちは、自分でも気づけていませんでした。口に出してみてはじめて、「ああ、本当にそう思ってるんだ」と確認できた部分もある。
問題は、「辞めたい仕事を続けること」ではなく、「辞めたい仕事を続けながら、機嫌よくいられないこと」だったのかもしれない。
機嫌よくいるために、私は仕事を辞めることにしました。
今は毎日家にいます。特別に嫌なことはありません。
仕事帰りに慌てて買い物に行くこともなくなったし、マッハで夕食を作ることもなくなりました。
ハンバーグをこねていても、唐揚げを揚げていても、慌てていない自分に気づきました。
そして同時に気づいたことがあります。あの頃の自分は、余裕のないまま家事をしていたんだということ。気づけたのは、余裕ができてからでした。
相変わらず、何もせずダラダラしている子どもたちに怒鳴ることはあります。それは変わっていない。
でも、あの頃の重さはない。
居心地はいいはずです。少し物足りない感じがすることもありますが、それでも家にいることは快適で、心地よい。あの頃と比べたら、かなり違うと思っています。
それは自分のためでもあったし、家族のためでもあったと、今は思っています。

まとめ
- 「辞めたい」と言えるようになったのは、自分の気持ちが整理されてきた証拠だった
- ただ、子どもがそれを聞いていたことを、後から気にした
- 子どもにとって、親がご機嫌でいることは大事なことだと思う
- 母親の機嫌は、家の雰囲気・居心地に直結する
- 辞める選択は、自分だけでなく家族の土台を守ることでもあった


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