40歳という節目で立ち止まった
40歳になった2025年頃。定年まであと20年という現実が、急にリアルに感じられるようになりました。
あと20年——退職金という”ニンジン”をぶら下げて走り続けるには、あまりにも遠い。
正直、走り切れる自信がありませんでした。
- このままここで働き続けるのか
- ここでやりたいことは何か
- どんな看護師になりたいのか
今までは目の前の仕事をこなすことで精一杯で、こんなふうに立ち止まって考えたことはありませんでした。でもこのタイミングが、自分の人生を見直すきっかけになりました。
希望して異動した外来勤務、それでも感じた違和感
私は病棟勤務を経て、希望して外来勤務に異動しました。交替勤務がなくなり、生活リズムは整いました。
それなのに——平日5日間が、とても長く感じるようになったのです。
「平日5日勤務なんて当たり前」そう思われても仕方ないと思います。それでも、自分の中では確実に”違和感”がありました。
外来ならではの緊張感
外来勤務は、体力的に楽になる部分もありますが、別の大変さがありました。
- 診断時のシビアな場面での同席
- 検査説明
- 採血や検査準備
- 救急外来での救急患者対応
常に緊張感があります。さらに、医師との関わりが多く、気を遣う場面も多い。言い方やタイミング、お願いの仕方など、細かい部分に神経を使う毎日でした。
「週末を待つ生活」に違和感
気づけば、月曜日が憂うつになっていました。
月曜を乗り切って、火曜、水曜…と数えて、金曜を待つ。「週末を目標に働く生活」——これが当たり前になっていたんです。
「これって、私がやりたい人生?」
ふと立ち止まって考えました。「これって、私がやりたい人生なのかな?」
嫌な思いをすることの対価として給料をもらう。そんな感覚になっていました。
でも、働き方って、選べるんじゃない?そう思い始めました。
「早く仕事辞めたい」と言ってしまった日
疲れていた日、私は何度かこう言っていました。「早く仕事辞めたい」
その時はただの本音でした。でも、後からふと思ったんです。
私は子どもたちに、「将来なりたい職業はある?」「ちゃんと考えた方がいいよ」——そんなふうに、少し偉そうに言っていました。
それなのに、自分は”辞めたいと思いながら働いている”。これって、矛盾しているなと思ったんです。
もし自分が子どもの立場だったら、「仕事って、つらいものなんだな」そう感じてしまうかもしれない。
そう考えたとき、ハッとしました。
私は夫と子どもたちと暮らしています。子どもがいるからこそ、「働く姿って見られている」と感じるようになりました。
もし同じように感じている方がいたら、こちらに詳しくまとめています▽

「自由な生き方」への憧れ
世の中に「FIRE」という言葉が広がってきたことも、影響を受けた一つです。
- 会社に縛られない生き方
- 生活費のために働く必要がない状態
そんな自由な生き方に、どこか憧れを感じていました。
「長く働く」より「どう生きるか」
これまでの私は、「病院で定年まで働くこと」が当たり前だと思っていました。
でも、人生が長いなら、選択肢は一つじゃなくていい——そう考えるようになりました。
お金より「時間」を選びたい
私は思いました。
高級車、ブランドバッグ、綺麗な服——そういったものを手に入れるために働くよりも、その分、働かなくていい時間を増やしたい。
お金のために時間を削るのではなく、時間を大切にする生き方をしたい。
時間とお金の考え方について気になる方は、こちらに詳しくまとめています▽

人生観が変わった1冊
この考えに影響を与えたのが、『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』(ビル・パーキンス著)でした。
「人生で一番大切なのは経験」——この考えに触れて、「もっと自由に生きてもいいんじゃない?」そう思えるようになりました。
すべては、この違和感から始まった
振り返ると、「このままでいいのか?」——この小さな違和感が、すべての始まりでした。
まとめ
退職を考え始めたきっかけは、
- 40歳という節目
- 働き方への違和感
- 家族との関係を見つめ直したこと
- 時間を大切にしたいという価値観
でした。
大きな出来事ではなく、「小さな違和感の積み重ね」——それが、人生を動かすきっかけになりました。


コメント