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長年勤務していた病院を辞めました。
辞めた理由は一言では言えません。
辞める前のこと、特に一緒に働いた同僚たちを見送っていたころのことを、今日は振り返ってみます。
あのころの私は、辞める人の気持ちに正直気づいていませんでした。
見送るたびに寂しかった。でもどこか、他人事だった
一緒に働いてきた大切な同僚がいなくなることは、とても寂しいことです。でもどこか、他人事として捉えていたのかもしれません。
退職理由をあえて話す人はあまりいなかったし、自分から積極的に聞くこともありませんでした。
今思うと、聞けなかったのかもしれません。もし退職理由が労働環境にあるとしたら、一緒に働いてきた自分も、その辛さの一部になっていたことになる。そのことに、無意識に気づきたくなかったのかもしれません。
いちばん無難な理由は「次の就職先が見つかったから」でした。そのときは「そうなんだ」と思っていました。
でも今考えると、次の就職先は転職活動をしなければ見つからない。転職活動を始めるには、何かきっかけがあったはず。そこまで、考えが及んでいませんでした。
■ 続けられる環境にいたから、見えなかった
実家の近くに家を建てて、両親が育児を手伝ってくれていました。子どものことは母に任せて、仕事にフルコミットできていました。
続けられる環境があったから、「続けられない理由」が見えなかった。自分が恵まれているとも、あまり気づいていませんでした。
■「これだけ環境が整っているのに、なんで辞めるんだろう」
当時の私が思っていたのは、その程度のことでした。
転職活動をして初めて知ったのですが、自分が働いていた病院は地域の中核病院として、給与も福利厚生も教育体制も、かなり恵まれていた方でした。病院の中にいると、それが「普通」に見えてしまいます。外を見て初めて、比較ができる。長く働いて、初めて「外」を知りました。
40歳になったとき、ふと「定年は60歳。あと20年」と思いました
定年まで働くつもりでした。疑ったことはなかった。
40歳になったとき、ふと「定年は60歳。あと20年」と思いました。
その「20年」という数字が、あまりにも長く感じました。正直に言うと、絶望に近い感覚でした。仕事が嫌だったわけじゃない。でも「私が生きたかった人生って、これなんだろうか」という問いが、そこから頭を離れなくなりました。
お金を学ぶうちに、見えてきたこと
その問いをきっかけに、家計を見直して、お金の勉強を始めました。
最初は漠然とした老後の不安からでした。でも学ぶうちに、少しずつ見方が変わっていきました。
■「DIE WITH ZERO」との出会い
ビル・パーキンスの『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』を読みました。
使いきれずに死ぬことは、その分の人生を無駄にしたことと同じ——そういう考え方の本です。人生には、お金を使える「旬」がある。高齢になってからでは、体力的にも気力的にも、できないことが増えていく。
それまでの私にはなかった考え方でした。「老後のために我慢して今を生きる」ことへの疑問が、初めて言葉になった気がしました。
■ 人生は有限で、いつ終わるかわからない
ライフプランを考えるようになって、気づいたことがあります。
人生はいつ終わるかわからない。でも、大まかな見通しを持って生きることはできる。老後のために今を犠牲にするのではなく、今も、これからも、自分の時間を大切にして生きる。
その考え方が、働き方を見直すきっかけになりました。
先に次のステージへ進んでいった人たちのこと
辞めていった同僚たちのことを、今でも思い出します。
本当の退職理由は、本人にしかわかりません。表向きの理由と本音は違うこともある。これはあくまで私の想像ですが——「次の就職先が見つかったから」と言って去っていった人たちの中に、もっと違う気持ちを抱えていた人もいたんじゃないかと感じています。
あの時はそんなことにすら気づいていなかった自分の浅はかさを反省しています。これが今、自分が退職して初めて気づく感情でした。
もし、送る出す側に戻れるのなら、私は退職する同僚にどんな言葉をかけていたのだろう。
先に次のステージへ進んでいった人たちが、心も身体も健やかに充実した1日を送っていることを願っています。
まとめ
- 退職する同僚の気持ちを、当時の私は本当の意味ではわかっていなかった
- 聞けなかったのは、無意識に気づきたくなかったからかもしれない
- 続けられる環境にいたから、「続けられない理由」が見えなかった
- 40歳で「定年まであと20年」と気づき、初めて立ち止まった
- 『DIE WITH ZERO』との出会いで、お金と時間の考え方が変わった
- 人生は有限。ライフプランを持って生きることが、働き方も変えてくれた
やめた後どうなったか、これからも書いていきます。


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