夜勤明け、全身がだるいのに眠れない。頭の中がごちゃごちゃして、インスタントラーメンに手が伸びる。「仕事だから仕方ない」と言い聞かせてきた、あの感覚。
「辞めたら、体は楽になるんだろうか」——退職を考えながら、そう思っていました。
この記事では、総合病院で長年間働いた40代看護師の私が、退職前後の1年間の歩数データをもとに、体と心に起きた変化を正直にお伝えします。
結論から言います。歩数は減りました。筋肉量も落ちた実感があります。でも、私は「健やか」になりました。
数字が「悪化」を示しながらも「健やかになった」——その理由を、リアルに書きます。
1年間の歩数データを公開する
健康管理アプリで記録してきた365日分の歩数を、月別に集計しました。

[グラフ:月別 平均歩数の推移(2025年4月〜2026年3月)]
2026年2月上旬より有給休暇消化に入り、3月末で正式に退職しました。
グラフを見ると、有給休暇消化が始まった2月から歩数がはっきりと下がっています。正確には、退職後ではなく、有給休暇消化中からすでに減少が始まっていました。
- 2025年4月〜2026年1月:毎月平均5,000歩以上
- 2026年2月:平均4,454歩
- 2026年3月:平均3,949歩
数字だけ見れば、「退職後に活動量が落ちた」という話になります。
看護師の仕事は、働きながら体が維持できていた
病棟や外来で働いていると、自然と歩きます。病室を行き来して、処置をして、廊下を移動する。
意識せずとも、毎日5,000〜7,000歩を歩いていました。
看護師の仕事は忙しい分、時間に追われています。終業時間はあっという間に過ぎて、時計をじっと見ながら「まだこんな時間か」と感じる苦痛はありませんでした。
気づいたら今日もたくさん歩いていた。「今日は5,000歩歩こう」という強い意志がなくても、自然と歩数が稼げる。正直、それはありがたいことでした。仕事しながら体が維持できていたことには、感謝しています。
ただ、看護師の体への負担は、歩くだけではありません。
ストレッチャーを押したり、重い体を支えたり、介助をしたり。年齢を重ねると、気合いではどうにもならない場面が増えてきます。少し変な姿勢でいるだけで腰が痛くなる。踏ん張りが効かない。「昔はこんなじゃなかった」という感覚が、じわじわと積み重なっていきました。
今の3,000〜4,000歩は、日常生活の中でなんとなく歩いた歩数です。意識して歩いているわけでもなく、ただ生活しているだけ。明らかに少なくなりました。
仕事をしながら体が維持できていたことには感謝しています。ただ、これからは意識して動かないと、自然には歩けない。それが今の現実です。
夜勤明けの「死んだ1日」——これが辞める理由のひとつだった
退職を決めた理由はいくつかありますが、そのひとつは、夜勤明けの「死んだ1日」でした。
私は病棟ではなく外来所属で、夜間救急外来の勤務が月に2〜3回ありました。病棟の夜勤とは形が違っても、夜間帯に働いた翌日の体のだるさは変わりません。
夜間救急外来の勤務が明けると、翌日は公休になります。
帰宅してまず手が伸びるのが、「赤いきつね」でした。夜勤明けに飲むあのだしは、全身に染み渡るような美味しさがありました。あの感覚を一度知ってしまうと、夜勤明けに「赤いきつね」がないことに気づいたとき、「帰りに買って帰ろうか、でも体に悪いからやめておこうか」という葛藤が生まれる。それでも甘いものや味の濃いものに手が伸びてしまう。「頑張って働いてきたんだから」と自分に言い訳しながら。これは決して健康的な生活とは程遠い。患者さんに健康を促す立場にいながら、自分はこれでいいのかという矛盾も感じていました。
でも、その後の1日が本当につらかった。
全身はだるいのに、眠れない。目を閉じても、頭の中がごちゃごちゃして、頭も体も休まらない。座っていられないから、ダラダラ横になり、InstagramやYouTubeを見ている。時間だけが過ぎ、何もできなかったという感覚だけが残る。
気づくと、暗くなり始め夕方になる。休めていないのに、「夕食の準備をしないと」と頭では分かっていても、体が動かない。結局、夫に「お惣菜買ってきて」とLINEするのが精一杯。
生産性ゼロの「死んだ1日」。あの感覚は、自分の中で何かを少しずつ削り取っていくような感覚でした。
夜勤1回で失うのは、勤務時間だけではありませんでした。翌日の「死んだ1日」も含めると、実質2日分の時間が消えていました。
「命をお金に換えていた」と気づいた
「夜勤は看護師なら当たり前」——そう言われるほど、私は違和感を覚えていました。
みんなやっているから、私もやらなければいけない。そういう強い力が働いていました。
でも、これは心の弱さではないと思っています。甘えでもない。
夜勤という働き方が、私の体と心に「合わなかった」・・・それだけのことです。
夜勤なしでは正規職員ではないような風潮を感じることもありましたが、働き方が合う・合わないは、その人の体質や生き方の問題であって、根性や意志の問題ではないと、今は確信しています。
私にとって夜勤は、命をお金に換えているような感覚でした。
食べる量より、食べ方が変わった
退職後の変化として、正直に書いておきたいことがあります。
もともと食が細い方でしたが、退職後さらに食べられる量が少なくなりました。体重は変わらないのに、筋肉量が落ちた実感があります。
ただ、「食べる量」は減っても、「食べる質」はまったく別の話です。
働いていたころの昼食を思い出します。短い昼休憩に、味わう暇もなく、かき込むように食べていた。お腹が満たされればいい、という感覚でした。
今は違います。
食べたいものを自分で選んで、少量でも美味しく味わえる。友人やママ友と、おしゃべりしながらゆっくりとるランチは、私にとってこの上ない贅沢です。生活の質を爆上げしてくれる時間になりました。
有給休暇が始まってしばらくすると、子どもたちも春休みに入りました。一緒に昼食を食べる毎日が始まりました。
これまでは働いていることを理由に、子どものことを全て母に任せていました。その間ずっと支えてくれた母への感謝は、言葉では足りません。そして、当たり前のように子どもの食事を用意し続けている世の中のお母さんたちへの尊敬の気持ちが、改めて湧いてきました。
子どもはもう大きくなってしまいました。でも、一緒にご飯を食べられる幸せを、1日でも多く感じたいと思っています。
食べられる量が減ったことよりも、「食べることが楽しくなった」ことの方が、ずっと大きな変化だと感じています。
ただ、筋肉量の低下は正直な課題です。筋力・体力の低下を食い止めることが、今年の夏までの目標にしています。グラフのオレンジ色を青色に戻すことを、ひとつの指標にしています。
日曜の夕方のイライラが消えた理由
退職前、日曜の夕方になると、なぜかイライラしていました。
家族がのんびりしているだけで、なんとなく気持ちがイライラしてくる。なぜ自分だけこんな気持ちなんだろうと、ずっと不思議でした。
退職してから、気づきました。
あのイライラは、家族への反応ではなかった。
自分の内側から湧き上がる不安でした。「明日、忙しかったらどうしよう」「何かトラブルが起きないかな」「あの人の機嫌が悪かったら嫌だな」——そういった不安が、無意識にあったのです。
それが、家族へのイライラとして出ていた。
今は、その不安がありません。だから、日曜の夕方が穏やかです。
土日が「回復日」から「楽しめる日」に変わった
働いていたころ、日曜日は「次の1週間に備える調整日」でした。
月曜から憂鬱で、週末が来るのをただ待つ。1週間を、やり過ごすように過ごしていました。
今は違います。
日曜日に家族とお出かけして、疲れても「楽しかったね」と思える。「疲れたけど、明日も休みだからいいか」という心の余裕がある。
土日を本当の意味で楽しめるようになりました。
「健康」じゃなく「健やか」になった
歩数は減りました。筋肉量も落ちました。課題は残っています。
でも、私はあのころより健やかになったと感じています。
「健康」は数値で測れます。でも「健やか」は、数値では測れない。
あの「死んだ1日」がない。日曜の夕方が怖くない。家族に穏やかでいられる。
歩数グラフが「悪化」を示していても、体と心をトータルで見ると、私は今の方がずっといい状態にあります。
まとめ
退職後、体に起きた変化を正直に書くと、
- 歩数は減った(働かなくなったことで、自然に動く機会が減ったから)
- 食欲が減り、筋肉量が落ちた実感がある(正直な課題)
- 夜勤明けの「死んだ1日」がなくなった
- 日曜の夕方のイライラが消えた
- 土日が本当の意味で楽しめるようになった
- 体と心は、総合的に「健やか」になった
数字だけ見ると、悪化している部分があります。でも、私にとっての「健康」は、歩数や体重だけではありませんでした。
もし「退職後、体は大丈夫だろうか」と心配している方がいたら、ひとつだけ伝えたいことがあります。
「死んだような1日」を、もう送らなくていい。
それだけで、十分な理由だと私は思っています。
※本記事は私個人の経験と感じ方を書いたものです。医療や治療の判断に代わるものではありません。不調を感じたときは、医療専門家にご相談ください。


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