
師長さんや主任さんって、やっぱり”上の人”だから、つい気をつかっちゃう。

“上の人”ではなく、”違う役割の人”。
そう見方を変えると、ずいぶん気が楽になります。
管理職とスタッフは、身分の上下ではなく、役割が違うだけです。それを「上下」で測ってしまうと、スタッフは意見を出しにくくなり、本当の能力が引き出せません。それは、とてももったいないことだと思います。
- 「先輩後輩」の上下意識が、どこから始まるのか
- 管理職とスタッフは「役割が違うだけ」だという話
- 礼儀と、意見を封じることは別だということ
- 上下で測ると、人の能力が引き出せなくなる理由
職場の上下関係に、なんとなく違和感を感じている方の、考えるヒントになれば嬉しいです。
小学生のころ、上級生は下級生を「お世話」していた
ふと、子どもの頃のことを思い出しました。
小学生のころにも、上級生と下級生という関係はありました。でも、その中身は、今思うと少し違っていた気がします。
上級生は、下級生のお世話をする存在でした。
登校班で下の子の歩くペースに合わせる。掃除のやり方を教える。困っている子がいたら声をかける。
そこにあったのは、「従わせる」関係ではなく、「お世話をする」関係でした。
年上は、年下を支える役割を持っていた。そんな空気だったように思います。
中学で、それが「先輩後輩」に変わる
ところが、中学に上がると、空気が変わります。
「先輩・後輩」という言葉が、急にはっきりと存在しはじめます。
小学校では「お世話をする・される」だった関係が、中学では「従わせる・従う」という、はっきりした上下関係に変わっていきました。
同じ「年上・年下」なのに、関係の質が変わってしまう。
私には、そのことが、なんだか不思議に感じられます。
「下剋上は御法度」という空気
中学から始まった上下関係には、ひとつの暗黙のルールがあるように思います。
「下剋上は御法度」。
下の立場の人が、上の立場の人に意見をする。上の人より目立つ。それが、なんとなく「してはいけないこと」とされる空気です。
たとえ正しいことを言っていても、下から言うと「生意気」「偉そう」になってしまう。
内容ではなく、「誰が言ったか」で受け取られ方が決まる。
この空気の中では、人は少しずつ、口をつぐむことを覚えていきます。
その上下意識が、そのまま職場に持ち込まれる
中学・高校・部活と、長い時間をかけて染み込んだ「上下のものさし」。
それは、大人になって働きはじめても、消えずに残ります。
そして、職場にそのまま持ち込まれます。
私が働いてきた看護の世界にも、先輩・後輩の文化がありました。
新人を先輩が指導する制度もあり、年次による上下が、自然と意識される環境でした。
そういう場所では、「管理職」と「スタッフ」の関係も、つい上下で見られがちです。
管理職は上の人、スタッフは下の人。だから、スタッフは管理職に従うもの。そんなふうに。
でも、本当にそうなのでしょうか。
管理職とスタッフは、身分の上下ではなく「役割が違うだけ」
私は、こう思っています。
管理職とスタッフは、身分の上下ではありません。
役割が違うだけです。
管理職には、管理職の役割があります。チームをまとめる、調整する、判断する。そして、その役割には責任が伴います。まとめることだけではなく、判断の結果を引き受ける。決して、楽な立場ではありません。
スタッフにも、スタッフの役割があります。患者さんに向き合い、現場での一つひとつの判断を、プライドと責任を持っておこなう。
どちらが偉い、という話ではありません。
それぞれが、別の役割を担っています。
履き違えると、スタッフを駒のように扱ってしまう
ところが、この「役割の違い」を「身分の上下」と履き違えてしまう人がいます。
そうなると、何が起きるか。
スタッフを、駒のように扱うようになります。
指示をすれば動くもの。意見を持つ必要のないもの。そんなふうに見えてしまう。
スタッフが何か意見を言うと、「偉そうだ」と受け取る。
内容を聞く前に、「下の立場の人間が、意見をするとは何事か」と感じてしまう。
これは、管理職という役割を、「スタッフより上の身分」だと勘違いしているサインなのだと思います。
無礼はダメ。でも「礼儀」と「意見を封じること」は違う
ここで、ひとつ大事なことがあります。
「上下で測るのはおかしい」と言っても、何をしてもいい、という話ではありません。
組織として自分の立場をわきまえず、無礼な態度をとる。それは、やはりよくないことです。
相手への敬意や、礼儀は、どんな関係でも必要なものだと思います。
ただ、「礼儀」と「意見を封じること」は、別のものです。
礼儀正しく、敬意をもって意見を伝えることは、できます。
それを「生意気」「偉そう」と受け取ってしまうのは、礼儀の問題ではなく、上下で測っているからです。
それから、もうひとつ。
私が出会った管理職が、全員そうだったわけではありません。役割の違いをきちんとわかっている方も、たくさんいました。
でも、スタッフを下に見ている人は、言葉にしなくても態度でわかってしまうものです。
小さな物差しでは、人の本当の能力は測れない
上下で測る職場には、もったいないことがあります。
人には、年次や立場という小さな物差しでは測れない能力があります。
鋭い気づき、現場ならではの工夫、人を支える力。それは、立場の上下とは関係なく、その人の中にあるものです。
でも、「下剋上は御法度」の空気の中では、その能力は表に出てきません。
いい気づきがあっても、「下から言うと生意気だから」と飲み込んでしまう。
せっかくの力が、序列という小さな物差しのせいで、引き出されないまま終わってしまう。
能力がある人ほど、この世界は生きにくいだろうな、と思います。
そして、その力が活かされないことは、職場にとっても、大きな損失です。
役割の違いとわかれば、誰の力も活かせる
管理職とスタッフは、役割が違うだけ。
そう考えられたら、職場はずいぶん変わるのではないかと思います。
役割が違うだけなら、スタッフの意見は「生意気」ではなく、「別の役割からの視点」になります。
管理職の判断も、「命令」ではなく、「まとめる役割としての提案」になります。
上も下もなく、それぞれの役割を持った人が、それぞれの場所から力を出す。
そうすれば、年次や立場では測れなかった能力も、ちゃんと引き出されていきます。
「下剋上は御法度」と人を黙らせる職場と、「役割が違うだけ」と人の力を活かす職場。
同じ人が働いていても、引き出されるものは、まるで違ってくるのだと思います。
だからこそ、自分のいる職場が、どのような場所なのか。その全体をよく見極めることは、自分を守るうえで、とても大切なことだと思います。
まとめ
- 管理職とスタッフは、身分の上下ではなく「役割が違うだけ」
- 礼儀は大切。でも、礼儀と「意見を封じること」は別もの
- 上下で測る職場では、人の本当の能力が引き出せない
- 上司や職場の文化は、自分では変えられない。でも、自分のいる環境を冷静に見極めることはできる
上司を変えることも、職場の文化を変えることも、私たちにはできません。
でも、自分が今いる環境が、どういう場所なのか。それを冷静に見つめることは、できます。
それは、自分を守るための、大切な一歩なのだと思います。
上下の構造の中では、優しい人ほど仕事を抱え込んでしまうことがあります。そのことは、こちらの記事に書いています。

※ 本記事は2026年5月時点の私個人の体験と感じ方をもとに書いたものです。職場の文化や管理職のあり方は、勤務先によって異なります。特定の職場や個人を批判する意図はありません。


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