看護師を辞めて後悔した?|収入がゼロになって、気づいたこと

退職後のリアル
悩める看護師
悩める看護師

辞めたいけど、収入がなくなるのが怖い。
辞めて後悔しないか、不安で踏み出せなくて。

しおり
しおり

私も、収入がゼロになりました。不安がないとは言いません。
でも、失って初めて気づいたことが、いくつもあるんです。

看護師を辞めて、収入はゼロになりました。貯金を切り崩す生活には、不安もあります。それでも、後悔はしていません。収入を失って初めて、給料が当たり前ではなかったこと、そして年収は人間の価値ではなかったことに気づきました。何より、嫌なことのない毎日のなかで、「これをやってみたい」が、自然に湧いてくるようになりました。

今回の記事でわかること
  • 収入がゼロになって気づいた、給料の本当の重さ
  • 貯金を切り崩す不安も、正直にあること
  • 20代の育休で「価値がない」と焦った私との違い
  • 年収は、人間の価値ではなかったということ

看護師を辞めたいけれど、収入がなくなるのが怖い。後悔しないか不安で、踏み出せない。そんな方に、私の正直な「その後」を読んでもらえたらと思います。

収入がゼロになって、気づいたこと

看護師を辞めて、毎月入っていた給料が、なくなりました。

働いていた頃は、給料があるのが当たり前でした。でも、その当たり前は、新卒からずっと、休まず働き続けてきたことへの対価だったんです。

収入がゼロになって、初めて、その重さがわかりました。あの給料は、私が積み重ねてきた時間そのものだったのだと。

不安が、ないわけじゃない

「辞めて、よかったことばかり」とだけ書けたら、きれいかもしれません。でも、それは本当ではありません。

今は、貯金を切り崩して生活しています。

毎月、残高が減っていくのを見ると、やっぱり不安になります。もう、ボーナスがもらえるような仕事には、就けないかもしれない。そう思うと、心がざわつく日もあります。

だから、「辞めれば全部解決する」とは、言いません。失ったものは、ちゃんとあります。

ただ、それでも後悔していないのは、不安以上に気づいたことがあったからです。

20代の育休でも、私は「無職」を経験していた

実は、収入が止まる経験は、初めてではありませんでした。

20代の頃、育児休暇を取っていた時期があります。あのときも、私は働いていませんでした。

でも、あの頃の私は、今とはまったく違いました。

あの頃は、「価値がない自分」に焦っていた

育休中、私は社会から切り離されたような気持ちで、辛かったんです。

社会とのつながりがない。何も生み出していない。生産性のない自分は、価値がない人間なんじゃないか。そんなふうに、自分を追い詰めていました。

20代で、キャリアが分断されていく感覚も、強くありました。同期はキャリアを積んでいるのに、自分だけ取り残されていく。早く復帰しなきゃ、と気持ちばかりが焦っていました。

やりたいことと、今やっていることが、ちぐはぐで。焦りでいっぱいで、今思えば、子育てを心から楽しむ余裕すら、なかったように思います。

でも、40代の今は、焦りがない

ところが、40代の今は、同じように「働いていない」のに、あのときの焦りがありません。

収入がゼロという状況は、20代の育休のときと、そう変わらないはずです。でも、受け止め方が、まるで違うんです。

変わったのは、収入ではなく、私自身の価値観でした。

「働いていない=価値がない」だと思い込んでいた20代の私。今は、そうは思いません。

働かない生活を始めた最初の頃の戸惑いや、気持ちの変化については、こちらにも書いています。

看護師の有給消化初日はなぜ不安?|退職後の気持ちの変化をリアルに書く
有給休暇に入った初日、仕事に行かなくていいはずなのに不安になった体験を紹介。退職後のリアルな気持ちの変化や「嫌な月曜日が来ない幸せ」に気づいた話をまとめました。

主婦の仕事は、評価されにくい

実をいうと、主婦の仕事は、評価されにくいものだと感じます。

家事も、家族のことも、できるだけのことをしています。でも、それは目に見えにくくて、家族にとっては「当たり前の日常」です。誰かに「価値がある」と認められる種類のものでは、ないのかもしれません。

家族と一緒に過ごせる時間は、有限です。送り迎えで車に乗せる時間。食事を準備する時間。洗濯物をたたむ時間。確かに、めんどくさいこともあります。でも、その一つひとつに、日常に溶け込んだ平和さがあります。

今は、こういう生活も、いいなと思っています。

日々の暮らしの中にある贅沢については、こちらにも書いています。

毎日を自分のために使えている、と思える贅沢
退職してから、家族の予定を最優先できるようになりました。毎日を、自分のために使えている。海外旅行やブランドバッグではなく、家族と一緒に過ごせる日常そのものが、私にとっての贅沢です。

何より、嫌なことがない

今の暮らしの、何がいちばんいいか。

考えてみると、嫌なことがないことです。

理不尽に耐えることも、誰かの機嫌をうかがうことも、ありません。それだけで、心がこんなに軽いのかと、驚いています。

そして、心に余裕ができると、不思議なことが起きました。「これ、やってみたいな」という気持ちが、自然に湧いてくるようになったんです。

働いていた頃は、毎日をこなすことで精一杯で、そんな気持ちが出てくる隙間もありませんでした。

年収は、人間の価値じゃなかった

考えるうちに、たどり着いた気持ちがあります。

年収は、人間の価値ではありませんでした。

収入がゼロでも、私は私のままです。価値が減ったわけでも、増えたわけでもありません。20代のあの頃、「価値がない」と焦っていた自分に、今なら、こう言ってあげたい。

あなたの価値は、お給料の額では決まらないよ、と。

そして、年収にいちばんとらわれていたのは、ほかの誰でもなく、私自身でした。家族は、私の収入を、そんなに気にしていなかったんです。

「年収=自分の価値」という呪縛は、自分で自分にかけていたものでした。

そこから少し抜け出せると、ありのままの自分を、認められるようになります。そうすると、毎日が、もう少し生きやすくなる。今は、そう感じています。

今のこの時間も、有限だから

いつか、また働きたくなる日が来るかもしれません。看護師の求人は、ありがたいことに、たくさんあります。だから、このまま一生働かない、ということは、たぶんないと思っています。

そう考えると、今のこの時間も、有限なんです。

ずっと続くわけではない。だからこそ、嫌なことのない今を、「やってみたい」が自然に湧いてくる今を、大切に過ごしたいと思っています。

まとめ

  • 収入がゼロになって、給料は「働き続けてきた時間への対価」だったと気づいた
  • 貯金を切り崩す不安も、正直にある。失ったものは、ちゃんとある
  • 20代の育休では「価値がない」と焦ったが、40代の今は焦りがない
  • 変わったのは収入ではなく、自分の価値観。年収は、人間の価値ではなかった

看護師を辞めて、後悔したか。不安になる瞬間は、あります。

でも、収入を失って初めて見えたものは、私にとって、お金には換えられないものでした。嫌なことのない毎日のなかで、「やってみたい」が湧いてくる。それだけで、私は、辞めてよかったと思えています。

※本記事は2026年6月時点の、私個人の体験と気持ちをまとめたものです。退職後の生活やお金の状況は、人によって大きく異なります。ご自身の状況に合わせて、無理のない選択をしていただけたらと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました